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05/26/2005

初七日

昨日、じいさんの初七日が無事に終わったと実家から連絡がありました。

2005年5月19日、実家で同居していた祖父が急に亡くなったと連絡がありました。午前中は病院に行き、昼からもいつも通りテレビを見ながら笑っていたということですが、弟がたまたま様子を見に行ったらもう意識はなかったということで、救急車で日赤に運ばれましたが、心筋梗塞で亡くなりました。満91歳、数えで93歳でした。
祖父は高知県から19歳のときに、先に入植していた親戚を頼って北海道に出て来たということをいつも聞かされていました。まだ見ていないのですが、時代は北の零年から50年ほど後でしょうか。昭和の初めに北海道に移住してきたということです。

ぼくが4歳のときに、祖父の家のすぐ隣に父が家を建てて引っ越してから、祖父との記憶が残ってます。保育園に通っていたときはいつも祖父の自転車の後ろに乗って通っていました。
実家に住んでいたときの祖父のイメージは、精神的にも肉体的にもタフでお酒も強く、周りからいつも頼りにされている存在でした。ぼくが大学に進学するときの春休みにいとこを連れて3人で、高知県の祖父の実家に遊びにいったときがよく思い出に残っています。今思い返しても、あのときぼくがまだお酒を飲めなかったことが残念です。

ぼくが大学に進学してからは、糖尿病を患ったこともあり、みるみる年を取ったように見えました。もうお酒も飲めなくなってしまいました。

体が弱ってからも、うちの母親と弟が面倒を見ながらたびたび高知県の実家に旅行をしてました。つい2年前の秋にも「もう最後だから」とバースデー割引を使って、卒寿のお祝いを兼ねて高知県まで旅行をしたときに、大阪にも立ち寄ってくれました。祖父は大阪城公園は幾度か来たことがあったようですが、大阪城に登ったことがないということで、この時初めて登りました。このときのために買ったビデオカメラでしっかりとじいさんを撮影しておきました。老いても尚、若い頃の記憶力は抜群で、「石垣には大きな石があった」ことなど、昔の話をしてくれました。

「100歳まで生きる」が口癖だったじいさんが急にいなくなったことで、実家にはぽっかりと穴があいてしまったようです。遠くからでも、実家に残る家族を励ましてあげなきゃと思います。

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